ナコト写本の契約者

第11話 “暴君”


あの戦いから一夜が明け、エセルドレーダと共に学園都市の喫茶店で二人向かい合って座っていると示し合わせたようにエヴァンジェリンと茶々丸に出会った。
茶々丸はぺこりと頭を下げるが、エヴァンジェリンは不機嫌そうに鼻を鳴らして視線を逸らした。

「こんにちわ。」
ネギは既に敵対する意思は無いので普通に挨拶を交わすが、エセルドレーダはそれにまるで気付かないように一人マイペースにコーヒーを飲んでいた。

「ふ、そちらの従者は相変わらずいい度胸だな。」
無視されたのが癪に障ったのかエヴァンジェリンは皮肉たっぷりに言葉を掛けるがエセルはそれすらも黙殺していた。

「すみません、エヴァンジェリンさん。
彼女は僕以外の誰にでもこんな態度なので…。」
エヴァの機嫌が目に見えて悪くなっていくのがわかりネギはそれをなだめるように言う。

「ふん、ところでそいつの存在はもう隠さなくていいのか?」

「はい、昨日の戦いでもう既に露見してしまいましたから。
それに隠していた最大の理由はエヴァンジェリンさんに対してというのが一番大きな理由ですから。」
それはすべて本当というわけではなかったが、嘘をついていなかった。

「そういえば貴様は最初から私を警戒していたからな。」
思い出したようにエヴァンジェリンは言う。

「当たり前です。
あなたの正体を知って警戒しない人はいません。
でもまさかこんな極東の国で中学生をやっているとは夢にも思いませんでしたけどね。」
ネギはくすりと笑うと机の上のコーヒーを一口含んだ。

「それは貴様の父のせいだろうが!!」
笑われたのが気に入らなかったのかエヴァンジェリンは顔を真っ赤にしながらネギに怒鳴りつけた。

「マスター、人が見ていますので…。」
それを静かに見ていた茶々丸はおろおろしながらエヴァを窘めた。

「ふん、そんなことはどうでもいい。
どうせ、この呪いを解けるものはもういないんだからな。」
そう言ったエヴァンジェリンは泣き出す寸前の子供のように見えた。

「その呪いなら僕がいずれ解いてあげますよ。
そうしなければ決着もつけられませんから。」
自分はこんなに負けず嫌いだったのかと自身の新たな一面に驚きつつも言う。

「なに!本当か!?」
彼女はこの提案が信じられないのか驚愕とも疑いとも取れる視線を向けた。

「ええ、それに父の後始末って意味もありますけど。」

「いいのか?
私はおまえの嫌いな悪だぞ。」

「はい、噂なんか当てにならないってことを昨日実感しましたから。」
昨夜の後始末のことを思い出したのかネギは笑みを浮かべた。

「なっ・・!!」
その笑いが何を言っているのかわかったのかエヴァは目に見えて動揺していた。

それは昨夜の戦いの後にあった出来事。
エヴァンジェリンは吸血気化した生徒の治療を自分自身の手で施していた。
たったそれだけのことだが、ネギはその行動が一瞬理解できず目を丸くしていたのを覚えている。
それと同時に彼女は非道にはなりきれないんだなと漠然と理解できたからだった。

「自分でやって自分で治す吸血鬼なんて滑稽で笑えますね。」
突然何を思ったのか先ほどから一言もしゃべらなかったエセルドレーダが口を開いていた。

「くっ・・。」
やはりエセルドレーダとは相性が悪いのか悔しそうに呻いた。
「まあいい、貴様らと仲良くする気などさらさら無い。
行くぞ、茶々丸!」

「あ…。」
そう茶々丸は呟きを洩らしてエヴァに付いて行こうとするが当のエヴァンジェリンが不意に立ち止まると振り向きながら言った。

「ああ、そうだ。
おまえはもう少し自分の弱点をなくす努力をしろ。
いくらおまえが強大な魔力を持っていても呪文が唱えられなければ意味無いんだからな。」
そう言ってエヴァンジェリンはフンと視線を背けて再び歩き出した。

「敵わないなぁ…。」
ぽつりと呟かれた言葉には万感の思いがこもっていた。
エヴァンジェリンの言葉を要約すれば彼女はこちらが接近戦が出来ない魔法使いタイプだということがわかっていたということだ。
それなのに昨晩の戦いではあえて魔法の打ち合いに応じたということに他ならなかった。

「マスター…。」
ネギの浮かべた表情に心配そうにエセルドレーダが声を掛けてくる。

「大丈夫だよ。
まだまだ修行が足りないなって思っただけだから。」
もっと強くならなくてはと新たな誓いを胸に込めるのだった。




ネギが自室で書類を整理していると突如辺りの空間が蠢き、騒ぎ出すと何も無いところから闇が噴出すように“異質”がこえと共に現れた。
「エセルドレーダの魔力の波動を感じてみたんだけど。
なんだぁ、テリオンのやつ死んじゃったんだー。」
それは無邪気でどこか禍々しく聞こえる声だった。

それはいつものように変わらないと思っていた日常に表れた異質。
その存在に現実は侵食され、その場には吐き気を催すようなよどんだ空気が溢れ出す。
常人ならばその空気に耐えられることなく発狂しただろう。
しかし、ここは狂えるものの舞踏場。
舞台に上がれぬものなど存在しない。
そして、本に魅入られしものの祭典は二人が出会った瞬間始まった。

「この声は・・・!?」
その声に聞き覚えがあるのかエセルドレーダは顔をゆがめた。

「久しぶりー!
この子が新しいマスター?」
こちらの警戒をなんとも思っていないのか声の主は無邪気に距離を詰める。

「く・・、こいつぁ・・。」
カモはその魔力に当てられ戦慄に身を震わせて言葉を失っていた。

「暴君・・!
逃げましょうマスター、今の私たちに手におえる相手ではありません。」
そう言ったエセルドレーダの声は今まで聴いたことのないほどに切迫していた。

「やぁだなー、逃げれると思ってんのー?
そ・れ・と、暴君じゃなくってエンネアって呼んでよー。」

「エセル、逃げ切れる相手じゃないよ。」
こうしている間にも目の前の彼女から迸る魔力から逃げることを諦めざるをえなかった。

「しかし・・・。」

「えと、エンネアさんでよろしかったでしょうか?」
更にいい募るエセルを制しネギは意を決して一歩前に出た。

「うん、それでいいよー。
それでキミが新しいマスター?」
彼女の持つ力のせいかあどけないしぐさの中にも狂気のようなものが感じられ緊張を解くことは出来なかった。

「はい。」

「ふーん、ナイアも面白いの選んだねー。
気に入らなかったら殺そうかと思ったけどなかなか悪くないね。」
ネギはその物言いに背筋にぞっとしたものが走り、同時におめがねに叶ったことに安堵していた。

「暴君、何の用できたのですか。」

「何の用?
あんたたちが私に何をしたのかもう忘れたって言うのなら思い出させてあげてもいいけど?」
突然エンネアが豹変したように声色を下げ、体から闇を噴出させてあたりを覆い尽くした。

「ぐ、う・・。」
叩きつけられる凄まじいプレッシャーにネギは歯を食いしばって耐えていた。
カモにいたってはもう既に気絶していて肩の上でピクリとも動かなくなっていた。

「と、言いたいところだけど今日は気分がいいからやめとくねー。」
その声と共にあたりを覆う闇は姿を消して元の景色に戻っていた。
「エセルドレーダもだいぶ弱ってるみたいだし今日は見逃してあげるね。
じゃあまったねー。」
それだけを言い残しエンネアは再びどこかへと消えた。

「エセル、彼女は何者?」
冷や汗にびっしょりと濡れているのも構わずネギは緊張を解くと同時にその場にへたり込んだ。

「彼女は暴君ネロ。
最強の魔術師の一人です。」

「暴君・・・?あの伝説の?」

「いえ、その名を冠した存在というだけです。
彼女の恐ろしさはその名からどのようなものかわかるはずです。」
彼女の物言いは少しわかりにくかったが恐ろしい存在であることは十分にわかった。
そして今の僕たちではまったく手も足も出ない相手であることも…。

「この場を引いてもらえたのは幸運としかいえません。
もし戦闘になればなす術もなく殺されていたのは間違いありませんでした。」
それだけ言うと彼女は表情に暗い影を落として黙り込んだ。

「一難去って、また一難・・か。」
その様子を見てネギはポツリと呟くが、それに答えるものは無くその呟きは静かに部屋に響き渡っていた。


あとがき
今回も速攻で書いたシロモノ。
web拍手の応援がうれしかったのもあって手早く更新させてもらいました。

少し文の書き方を変えてみました。
気づいた人もいると思います(あくまでも少しですけどね。)。

そして、エンネアさん登場。
彼女は、VSエヴァンジェリンのときの魔力の波動を感じ取ってこちらに来ました。

最強のマギウスともいえる彼女に挑めばネギなんか瞬殺です。
しかし彼女は気まぐれなお方ですので今回は去りました。

さあ、この邂逅が何をもたらすのか!?
それは作者にもわからない(お

ではまた

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