ナコト写本の契約者

第19話


結界の基点を壊して外に歩み出ると突然示し合わせたようにちびせつなの姿がブレだし、力を失い紙に戻ってひらひらと地に落ちた。

「これは・・?」

「こりゃ、マズイ。
刹那の姉さんの方に何かあったな。」
カモはあらかじめこのことは予測の範疇だったのか、驚くことなく淡々と告げる。

「まさか!?」

「おそらく式を飛ばす余裕がなくなったんだ。」

「エセル。」

「イエス、マスター。」
呼び声に反応して答えるエセルドレーダは前回戦闘に参加しなかったせいか、珍しくやる気があるようだ。

「刹那さんの援護をお願い。」
出来れば自分で行きたいとは思うが、ネギには空間転移などの高等魔術は出来ず、かといって空を飛んでいくなどはリスクが高い。
それらを考えての指示だった。

「かしこまりました。
マスターはここでお待ちを。」
そう言ってエセルドレーダは空気に溶け込むようにして消えた。


「兄貴、そんな心配そうにすんなって。 
エセルの姐さんに任せときゃ問題ねえって。」
カモはエセルドレーダが消えた空間を見つめて、どこか心配そうに表情をゆがめているネギを励ますように言う。

「そうだね・・。
でも、なにかいやな予感がする。」
ネギは予知や直感のスキルは持ち合わせていないが、なぜか心配は拭いきれずにその呟きにはどこか苦渋の色が見えていた。




視点 刹那

刹那はこのかの手を引きながら走っていた。
白昼堂々と襲撃され、刹那の方から攻撃することは難しい。
相手は人目がない一瞬を狙って暗器による狙撃を繰り返す。
今はまだ気付かれてはいないがこのままでは後ろにいる明日菜たちにばれるのは時間の問題だった。

「すいません!!
神楽坂さん、綾瀬さん、早乙女さん。
わ・・私、このか・・さんとふ、二人きりになりたいんです!!
ここで別れましょう!」
ならばと思い、思い切って三人を一気に引き離すことにする。

「「え!?」」
綾瀬と早乙女は驚愕に表情を変えるが、ただ一人明日菜だけはまったく驚いていないことに刹那は気付かなかった。

「お嬢様、失礼!!」
「ふぇ?」
皆の返答を待たず、このかを抱き上げると刹那は大きく跳躍してシネマ村の塀を飛び越えて消えた。


「どーゆーことですか?
というか、お金を・・。」

「う〜ん、女の子同士で二人きりか・・。
まさか・・?」
綾瀬と早乙女は二人で憶測で話を進めながらシネマ村の入り口に向かった。
その間も興奮していた二人は明日菜の表情が晴れぬことに一度として気付くことはなかった。



シネマ村に入り、刹那の警戒は緩んでいた。
もし相手がよほどの馬鹿ではないのならばこれだけ多くの人がいるところで仕掛けてくることはまずないだろうとの考えだった。

“ネギ先生、ネギ先生”
刹那は式神を通してネギに連絡をとろうとしたが敵の攻撃のせいで途切れていることに気付き断念した。

さて、どうするべきかと考えを張り巡らせていると刹那の目の前の空間が歪み、一人の女性が現われた。

「・・・エセルドレーダさん?」
その女性は先日ネギによって紹介された精霊の少女だった。
刹那は突然驚きながらも周りを見回し、目撃されてないのに安堵してため息をついた。
しかし、その格好はその場においてはまるきりあっておらず、周りからは明らかに浮いていて、美少女という容貌も相まって自然と視線が集まりだしていた。

「はい、あなたの手助けをしろとの指示です。」
エセルドレーダの物言いは抑揚がないためどこか冷たく感じられた。

「ありがとうございます。
おそらく敵は複数でやってくると思いますのでそのときはお願いします。」

「はい・・、近衛このかが戻ってきます。」
その言葉どおり後ろを向くとこのかが着物姿で近づいてきた。

「せっちゃん、せっちゃん。
じゃーん。」
ポーズをつけて着物姿を見せびらかすこのかは確かに似合っているとしかいえないほど決まっていた。

「お、お嬢様、その格好は!?」
動揺を隠しながら刹那は聞き返す。

「知らんの?
そこの更衣所で着物貸してくれるんえ。
えへへ、どうかな?」

「いや・・その、もうお似合いです。」
刹那は顔を赤くして答えているが、どこからどう見ても百合っ気があるようにしか見えなかった。

「女同士で顔を赤くするとはあなたの嗜好を疑いますね・・。」
珍しくエセルドレーダから突込みが入ると刹那はハッとなって顔を上げて今度は別の意味で顔を赤くしていた。

「ねぇ、せっちゃん。
この人誰やの?」
人を疑うことを知らないこのかは純粋に警戒もせずに聞いた。

「えーと、この人は・・。」

「私の名前はエセルドレーダ。
ネギ・スプリングフィールドの家族です。」
言葉に詰まった刹那に代わりエセルドレーダはあらかじめ決めてあった設定を無感情に淡々と告げた。

「へぇ〜、ネギくんの家族か〜。
私は近衛このかです。
よろしくな〜。」

「はい。」
普通ならばもっと詳しく突っ込んでくるところだが、さすがというべきかこのかは家族といわれただけで簡単に納得していた。



「桜咲刹那。
気付いているとは思いますが後ろの目障りな輩は放っておいてよろしいのですか?」
目障りな輩とは当然つけてきているクラスメイトのことで、正確に言えば綾瀬、早乙女、神楽坂、朝倉、村上、長谷川、雪広、那波の7人である。

「今は特に敵意も感じませんので放っておいて構わないかと・・・。」

「そうですか。
マスターからはあなたの援護を頼まれましたので基本的にそちらの方針に従いますので何かあれば言ってください。」

「ありがとうございます。」

「一応忠告しておきますが、後ろの連中はあなたが同性愛者だと疑っているようですよ。」

「なっ・・!?」
刹那は言葉の内容と、エセルドレーダからこんな言葉が出たことに二重の意味で驚きの声を漏らす。

「人の嗜好はそれぞれですので否定する気はありませんけれど・・・。」
彼女の口から軽口が出るのは珍しいが、こういうことを言い出すということはもしかしたら彼女は彼女なりに刹那のことを意外と気に入っているのかもしれなかった。

「ち、違います!!
私は同性愛者じゃありません。」

「否定するならば、私よりも後ろの方たちにしたほうがよろしいですよ。
私はあなたの嗜好など何の興味もありませんから。」
その冷たく突き放された言い方に刹那はがくりとうなだれた。

「それにしてもいい気なものですね。
いい加減気付いたらどうですか?」
その物言いは呆れが多分に含まれていた。

「は?
・・・っ!?」
刹那は抽象的な物言いに一瞬間抜けな声を出したが、その言葉でどこか異質な視線が向けられていることに気付かされた。

「ようやく気付きましたか・・。
自分の本分を忘れて愛しのお嬢様と一緒にいられることで気が緩んでいるとは弱いですね。」
この言葉を口にしたとき仮にネギが近くにいたならば目を丸くしていただろう。
エセルドレーダは決して他者に興味を示さない。
なぜならば彼女にとっての優先事項は復讐と契約者であるネギについてだけである。
だからこそその彼女の口からこのような嘲りの言葉が出るとは思わなかった。

「なんだと・・!?」
しかし彼女がエセルドレーダの性格を知るはずもなく、彼女は純粋に怒りの意を示す。
だが、刹那は図星をつかれたせいもあって反論の言葉と共にエセルドレーダを睨み付けるが、たしかに自身が緩んでいたこともあって怒った雰囲気も一瞬にして霧散していた。

「来ます。」
刹那の憤りも何事もなかったかのようにエセルドレーダが呟くと、一台の馬車が目の前に停車した。
そして、馬車の中から出てきたのは貴婦人といった様相をうかがわせる一人の若い女性。

「おまえは!?」
その姿に刹那は見覚えがあった。
というよりも忘れることなど出来ないであろう。
数日前に戦い、一歩判断を間違えていたら今ここにいなかったことを思いだして戦慄に身を振るわせ現状の不利に舌打ちせざるをえなかった。

「どうも〜、神鳴流です〜〜〜。
じゃなかったです・・・・そこの東の洋館の金持ちの貴婦人にございます〜〜。
そこの剣士はん、今日こそ借金のカタにお姫様を貰い受けに来ましたえ〜〜〜。」
そう言ってくすりと笑い、口元を扇子で隠す優雅な動作はこれ以上ないほどに決まっていて周りに違和感を感じさせることはなかった。

「なっ・・何?
こんな場所で何のつもりだ。」

「せっちゃん、劇や劇。
お芝居や。」
狼狽している刹那に諭すようにこのかが言う。
そして、その言葉によって刹那は瞬時に相手の考え、その意図を覚り声を出した。

「そうはさせんぞ!!
このかお嬢様は私が守る!!」

「キャー、せっちゃん格好えー。」
言った当人は危機感や使命感からくるまじめな言葉だったが、周りや狙われた当人はそんなことはわかるはずもなく、口々に囃したてて場が盛り上がる。

「わっ・・、い、いけません。
このかお嬢様・・・。」

「そーおすかー。
ほな、仕方ありまへんなー。
え〜い!」
気合の抜けるような掛け声と共に手に付けていた手袋を刹那に放り投げ、手袋は意図したとおりに刹那が受け取った。

「む・・。」

「このか様をかけて決闘を申し込ませて頂きますー・・・。
30分後、場所はシネマ村正門横「日本橋」にて。」
緊迫感が漂う二人の剣士の背後ではその雰囲気にそぐわぬ様子で邪推されているが、運がいいのか刹那たちには聞こえてはいなかった。

「ご迷惑かと思いますが、先日の決着をつけさせていただきたいのでー・・。
逃げたらあきまへんえー、刹那センパイ。」
最後にそう言い、ちらりとこのかに殺気のこもった視線を投げかけた。
その視線にいくら人の身で有り得ぬほどの魔力を誇ろうとも何の修練もしていないこのかに耐えられるはずもなくびくりと身を震わせるが、月詠はそんなこのかを無視するかのように踵を返して馬車に乗り込み去っていった。

そして、エセルドレーダは未だ芝居だと勘違いして騒ぎ立てている皆を一瞥するだけで視線をはずし、刹那が気付かなかった視線の主に向けて路地裏をにらみつけてそこに身を隠すようにして監視する白髪の少年と視線を交え、互いに図ったように視線をはずし二人は互いに逆方向に歩き出した。
そして、その心境に違いはあれど互いに只者ではないと看破し、予測の修正を余儀なくされるのであった。


あとがき
キツイ
嗚呼キツイ
最近は恐ろしいほど忙しい。

ついに最大の敵(?)フェイト登場。
なぜか刹那に興味を示すエセルドレーダ。
最近は伏線張りすぎてそれらを忘れ去りそうで怖い。
一回全部読み直さないと伏線回収が出来なさそうな気がするw

そして、中途半端な終わりですが勘弁してください。
それでは感想待ってます。

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