ナコト写本の契約者

第38話


少しの間、明日菜の胸に抱かれていたネギは心を落ち着けると自然と明日菜の身体から離れて口を開いた。
明日菜はいつのまにか仮面のような表情に戻ったネギの表情に複雑な感情が思い浮かぶが、あえて口に出さずにネギの行動を見守ることにした。

「すみません・・。
見苦しいところを見せてしまいましたね。
これを見た皆さんはどうしますか?
これからも魔法に関わって生きていきますか?
それとも魔法に関わる前の平穏な日常に戻りますか?
その場合はあなたたちの魔法に関する記憶は綺麗に消させていただきます。
もちろん多少の記憶の齟齬が生まれるかもしれませんが日常生活に問題はないはずです。」
その提案は魅力的だった。
あの過去の映像は彼らの心に深く残り、傷を残していた。

長谷川や朝倉などの完全な一般人はネギという人物に完全に畏怖を抱いていた。
もはや今までのように彼を見れることはないだろう。
それほどの異質。
彼はなぜあのような体験をして笑っていられるのだろう。
なぜ前を向けるのだろう・・と、彼女たちの思考は完全に一致していた。

そして、それを完全に忘れることができるというのならば・・・。

「今答えを出せとはいいません。
近いうちにもう一度お聞きいたします。
そのときまでに答えを出しておいてください。」

「「・・・。」」
もはや、誰も口を開くことはなかった。
ましてや今の混乱した思考ではまともな答えが返せるとは思えない。

「あ、忘れていました。
長谷川さんには少しお話があります。
ちょっとついてきて下さい。」
ネギは無言のまま背を向けて帰ろうとする長谷川に声を掛けると、長谷川も戸惑ったように頷き、ログハウスの外で二人きりになれる場所に移動した。


「で、話ってなんだよ。」
さっきの映像がまだ頭から離れないのか長谷川の顔色は悪い。

「少し聞きたいことがあります。
まず、僕の過去はどうでしたか長谷川さん。
あれこそが裏の世界に関わった結果です。
そして、あなたが運悪く裏の世界に関わってしまったことを承知の上でお聞きいたします。
あなたはこれからも裏の世界に関わりますか?」
ネギは長谷川の顔色のことは気にせずいつものように冷静な口調で喋りだす。

「冗談じゃねえ。
私がどうしてそんな変人集団に関わらなけりゃいけないんだよ。
これ以上関わるなんて私はごめんだね。」
長谷川の答えはすっきりとしたものだった。
その答えにネギは満足そうに頷くと再び口を開いた。

「それでいいんです。」

「はぁ?」

「その答えは正解です。
あなたはまだ戻れます。
それにあなたが本当に平和に暮らしたいのなら絶対にこちらに足を踏み入れてはならない。
もしもあなたが裏の世界に関わっていくと答えたならやはり僕はあなたの記憶を消していました。
だけど、一度多少なりとも関わった以上もしかしたらあなたはやつらに目をつけられているかもしれません。」
残念ですが、と微かに首を振る。

「おいおい・・、勘弁しろよ。
どうすればいいんだよ。」
さすがに洒落になっていないと気付いた長谷川は頬をひくつかせた。

「あなたは僕が必ず守ります。
あなたが何処にいても助けを僕に求めたなら決してあなたを見捨てません。」
ネギはなんの臆面もなく言うが、それはまるでプロポーズのようだった。

「なっ・・・!?」
長谷川も他意はないとわかっていながらもさすがにその物言いに顔面を熱くさせる。
同時に、やっぱり10歳なんかじゃねえ・・、とも思うのは仕方ないことだろう。

「そのための力を授けます。
長谷川さんには不本意だと思いますが命のためだと思って我慢してください。
カモくん!」
ネギはそんな長谷川の動揺を知ってか、知らずか無視して言葉を続ける。

「いよっしゃ!」
カモは呼び声に長谷川に気付かれぬように小さく反応すると宙に魔方陣を描いた。

「ごめんなさい。」
ネギは自然な動作で背伸びをすると長谷川の顔に自分の顔を近づけた。

「なにす・・・んむ!?」
長谷川は突然のことに反応できずに二人の唇は重なった。

“仮契約”

光が弾けた先にはカードが宙に浮かんでいた。
カモはそれを受け取るとすぐにカードを複製してネギに手渡す。

「お、おまえ・・。
な、なにしやがんだ!?」
顔を真っ赤に染めて怒鳴るが、その姿に迫力はまるでなかった。

「すみませんでした。
これしか方法がなかったので・・。
前もって言うと断られると思いましたから。」

「くそ・・、そんなの当たり前だろ!!
これでもファーストキスだったんだぞ・・。
だがまぁ、そんなことしたからには何か理由があるんだろうけどよ。」
長谷川は今までのことからネギが意味もなくこんなことをするとは思っていないので憮然とした表情で納得はいかなくてもひとまず許すことにした。

「ええ、今、僕と長谷川さんの間に契約を結びました。
これがその契約の証明である“パクティオーカード”です。」
そう言ってネギは長谷川に複製したカードを手渡した。

「んげ、なんでコスプレ姿なんだよ!」
受け取ったはいいが、カードに書かれた姿に驚きの声を漏らす。
それも当然といえば当然で、なぜかカードのシルエットは普段着ではなくひらひらとした服を着ていたからだ。

「このカードには色々と機能がありまして、今回の契約の理由は“召還”と“念話”です。
もしなにか身に危険が迫ったら額にカードを当てて僕を呼んでください。
そのときは僕がカードの機能を使って“召還”しますので・・。」
ネギは長谷川の様子など気にせず説明を続ける。

「わかった。
最後に一つだけ聞きたいんだけどよ・・。
なんで私だけこんなことした?
なんかいろいろ言ってたけどよ、てめえの場合それだけが理由というわけじゃない気がするんだよな。
こういっちゃなんだが、てめえは人情とかで容赦するタイプとは思えねえ。」
長谷川の感は当たっていた。
ネギは裏の世界に人を巻き込むことを良しとしない。
その人が平和に生きていけるのならば記憶を消すのすら躊躇しなかった。

「よくわかりましたね。
長谷川さんの言うとおりです。
でも合格といったのは本当ですよ。
もしも関わるといっていたなら記憶は消していました。」

「なら、なんでだよ。」
長谷川はネギのじれったくなる物言いを促すように自然と強い口調になっていた。

「ところで、一つお聞きしたいのですがあなたはこの学園に疑問を持ったことがありませんか?
でも、あなたの周りは誰も気にしない。
そんな経験がありませんか?」
ネギは話を突然変えて長谷川に質問しだす。

「なんでおまえがそれを知っているんだよ・・。」
長谷川はいつも色々な事に疑問を持っていた。
だが、誰もそれに気づかないため長谷川は疑問を口に出したことがなかったというのに目の前の少年からその言葉が出てきたことに驚きを隠せなかった。

「やっぱりそうでしたか・・。
ときどきあなたが見せる表情や態度に疑問がありましたが、やっと納得できました。
おそらく、あなたには特殊な才能があります。
本来なら疑問に思えるはずがないんです。
それにあなたは気付いている。
それこそが本当の理由です。」

「どういうことだよ。」
疑問に思えない?
そう呟き、怪訝な表情を浮かべる。

「実はこの学園都市には巨大な結界が張ってあります。
その結界の効果の一つで不思議なことでも疑問に思えないという効果があります。
しかし、長谷川さんはそれに気付いていました。
だからこそ、本来なら問答無用で記憶を消すはずですが、あなたを試験して決めることにしました。
もし消したとしても自然と関わってしまう可能性がありましたので・・・。」

「そういうことだったのかよ・・。」
彼女は今までの経験や疑問の答えが一気に紐解けたことで胸の中のつっかえが取れた気がした。

「最後に一つだけ教えておきます。
もしもあなたが本当に力が必要となったとき、カードを手にして“アデアット”と唱えてください。
そのときカードはあなたに力を貸してくれるはずです。
ですが、同時にそれは裏の世界へのチケットとなりうることを忘れないでください。
話はそれだけです。
それでは僕は失礼します。」

「ちょっと待てよ。」

「はい、何でしょうか?」
ネギはその声に再び長谷川に顔を向けて返事をする。

「てめえはなんで笑えるんだ?」
長谷川はあの過去の光景を見て一番気になったことをその場の勢いに任せて思い切って聞いた。

「え?」
それはネギにしては珍しく間の抜けた声だった。

「なんでてめえは笑えるんだって聞いてんだよ!!
あれだけのことがあって・・、全てを失ってなんで生きようなんて思えるんだよ!!!」
それはまるで今まで抑えられていたものが爆発してしまったかのようだった。
長谷川が私生活において今まで見てきたネギはいつも笑顔を浮かべていた。
だが、長谷川は知った。
彼の笑顔の裏にあるものを。
自分な耐えられぬであろう真実を知ったことで彼女の中の疑問は怒声に近い形で吐き出された。

「・・・僕が一度でも笑ったことがありましたか?」
それは暗闇の中から響いてくるような濃密な闇を含んだ異質な声だった。

「まさかてめえ・・。」
その言葉に長谷川はあることに気付き、驚愕に言葉を続けることが出来ない。

「長谷川さんにも見抜かれていなかったとは僕の擬態も捨てたものではないですね。」
ネギはそう言ってわざとらしく首をすくめた。

「まさかてめえは、あのときから“一度も笑えていねえ”のかよ・・。」
それはまるで呪詛のような、親の敵を口にするような苦渋の響きを持って吐き出された言葉だった。

「・・・・・よくわかりましたね。
ご察しのとおり、今の僕に感情なんてほとんど残っていません。
今の僕に残ったものなんて復讐と憎悪だけです。」
少しの沈黙の後、ネギは表情を消し、抑揚のない声で言う。

だが、長谷川にはそのなんの擬態も施さない無表情こそが今のネギにとって真の意味での表情なのではないのかと、そう思えてならなかった。

「てめえはいけすかねえやつだがその生き方には同情すんぜ。
まぁ、てめえからしたらいい迷惑なんだろうがな。
呼び止めてわるかったな。
話はこれだけだ、じゃあな。」
長谷川は話は終わったといわんばかりに、唐突に話を切るとふんと鼻を鳴らして顔を逸らすとそのまま踵を返して歩き去った。

彼女は聡明だった。
話すたびに今までほとんどの者が気付きもしなかったネギの本質を理解できた。
だからこそ彼女は多くを語らず喋らせなかった。
口に出せば出すほどネギは自分で自分を傷つけていることにも気付かずに自分について語っただろう。
そのことがわかったからこそ彼女は会話を無理やり切って立ち去った。
これ以上自分で自分を傷つけぬように。
それは彼女の優しさの一端。
だがそれは彼女自身も気付かない複雑な感情の発露だということを今は誰も知らなかった。



視点 長谷川
壊れてやがる。
誰もいなかったのかよ・・。
誰も気付かなかったのかよ。
なんでアイツがあんなんになっちまうまで誰も助けなかったんだ!
周りはなにやってやがった!!

柄ではないが、私はあいつの元から歩き去りながら内心で複雑な感情を持て余していた。
それは怒りとも悲しみともとれる複雑でどこか衝動的な感情。

くそ・・。
世界がこんなに狂っているなんて思いもしなかった。
知らなければこんな感情を抱かずに済んだ。
自分は巻き込まれただけだと思いながらもあいつを放っておけないと思うこの感情は何なのだろう。
くそったれ・・。

内心で毒を吐きながらも私はアイツの無表情を思い出すと今でもむかついてしょうがない。

だけど、どいつもこいつも滑稽だ。
自分もあいつも望まないのに巻き込まれていく。
欲しくもなかった才能や素質のせいで知らずに翻弄されてゆく。
それは世界が優しくないことの証明。
私達は望んでも平穏を・・、普通に生きることすら望めない異端。
これが哀れで、滑稽でなければ何なのだろうか。

そんな重く、濁った思考の中で私は手の中にある一枚のカードに視線を落とすが、カードは主人の気持ちを汲むことなく、もうこの運命からは逃げられられぬのだと語るかのようだった。



あとがき
長谷川さんと契約。
作者は彼女が大好きです。
しかし、作中にもあるように彼女のアーティファクトは当分発動予定なし。
勘がいい人は今回の会話でヘルマン編はどうなるか予想できるはずです。

最近、いろいろきっついわ〜・・。
文章的に行き詰ってきたし・・。
ちょこちょこオリジナルな展開を混ぜているせいもあるんだろうけど。
書き直したいところとかいっぱいあるのにやる気でな(ry
というわけ(なにが?)でまた。

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