ナコト写本の契約者

第39話


ネギは朝から不思議な感覚にとらわれていた。
例えるならばそれは自身の忌まわしき過去を思い出すときにも似た感覚。
そのためか、普段ならば感情が乱れるということはまずないネギが、その日は不思議なほどに精神を乱していた。

後で思えばそれは嵐が来る前のある種の予感のようなものだったのだろうと、ネギは実感することになる。


明日菜たちに過去を見せた次の日のこと・・。
それは何気ない一言だった。

「ネギくんは一人で日本に来てるけど家族は心配しないの?」
普通の人ならばなんでもない一言が彼の笑顔の仮面をほんの数瞬にも満たない間剥ぎ取り、それに気付いた者は常人とはいえない数人の人間のみであった。
気付かなくても事情を知る数人はその話題の重さに顔を俯かせた。

「僕に家族はいませんよ。」
ネギは笑顔でなんでもないように言い放つが、その表情は見る者が見れば明らかに冷え切った表情だった。

「え、でも・・、エセルドレーダさんは?」
エセルドレーダに以前あったことのある誰かが横から口を挟む。

「彼女はただのビジネスパートナーです。
前にも言ったように家族ではなく、“家族のようなもの”です。
所詮利害関係が一致したということで契約を交わしただけの関係ですよ。
まぁ、それよりも僕のことなんて気になさらないでください。
そんなものはあなたたちにとってどうでもいいことでしょう?」

「おい、そこまでにしとけ。
いらねえことまで喋ってんぞ。」
辛辣な言葉を吐くネギを諌めたのは意外にも長谷川だった。
その表情は何処かいつもと違う苛つき方であり、クラスメイトの皆はその意外な姿に驚いた。

「すみません。
・・・なんだか余計なことまで喋ってしまいましたね。
きりもいいのでそれでは今日の授業は終わりにします。」
ネギは質問に思った以上に動揺してしまったことでつい余計なことを喋ってしまったことと、辛辣な言葉を投げかけてしまったことに内心で舌を鳴らし、一礼して教室から立ち去った。


「「「「「「・・・・。」」」」」」
教室に残された皆は彼を追う事はなかった。
ネギの去り方があからさまにこれ以上の追求を避ける為だということが彼らにも容易に理解できたからだ。
それ以上に誰の目から見ても今のネギの態度にいつもの余裕がなくなっている事が席を立ちあがらせることを戸惑わせた。

そして、彼の過去や、事情を知る者はわかりやすいほどに苦い表情を浮かべ、なおさら彼らに口を出すことが憚られたのだった。



「あれ、ネギくん今日は早いね。
職員室に戻ったネギはいつもより授業から帰るのが早いことに気付いたタカミチが声を掛けた。
周りを見回しても時間が早いせいか職員室にはタカミチしかいないのもあって彼らは誰にも憚ることなく会話を始める。

「ちょっとね。」

「ふぅ・・、何かあったのかい?」
タカミチは咥えていたタバコを灰皿に擦り付けて消すと真剣な表情でネギに向き直った。

「深刻にならなくていいよ。
ちょっと昔の事を聞かれただけで動揺してしまった自分を恥じてるだけだから・・。」

「僕からしたらそれの何処が恥なのかがわからないけどね。
それよりも、そこまで強くあろうとしなくてもいいんじゃないかな?
キミは自分に厳しすぎる。
少しくらい・・、いや、これ以上はやめておくよ。」
タカミチはネギの瞳にさっきよりも暗いものが宿り始めていることに気付いて中途半端に言葉を切って話を打ち切り、苦笑いを浮かべてため息をついた。

「・・・無理だよタカミチ。
タカミチも知っているだろう?
僕の罪を。
僕の村を。
あの惨劇の結果を・・。」
だが、ネギは言葉を止めなかった。
それどころか歪な笑みを浮かべてすらいた。

「ネギくん!!」
タカミチはどこか正気を失ったネギを引き戻すために強く肩を掴んで名前を呼んだ。

「・・・ごめん。
ちょっと今日は不安定みたいだ。
上手くコントロールできてない。」
再び己を恥じるようにネギはポツリと呟いて謝罪する。

「疲れてるんだよ。
少し休んだらどうだい?
なんならこの後の授業を変わってあげてもかまわないよ。」
タカミチは純粋に心配してくれているが、ネギはそれが逆にその優しさが己の未熟さを肯定されているように感じた。

「申し訳ないけどお願いしていいかな?」
しかし、今の自分の精神状態が明らかにおかしいことがわかっていたためお言葉に甘えることにする。

「困ったときはお互い様だ。
ネギくんもお大事に。」

「ありがとう。
じゃあ、お願い。」
こうしてネギはタカミチに短くお礼を言うと自分の部屋に戻るのだった。



Side 小太郎

気がつけばどこか知らない場所にいた。
そこには2人の女。
警戒しながら脅しても背の高い女は優しく笑いかけて近づいてくる。
俺は女に爪で軽い怪我を負わせるが、だができたのはそこまでだった。
俺は思わず女の肌に傷をつけてしまったことに後悔しながら、暖かい感覚に包まれ意識を落とした。

次に目を覚ませば記憶の混濁があり、何も思い出せないけれどわかる初めて味わう平穏に俺は身を任せていた。
だが、そんな平穏は長くは続かなかった。

突然自分を知る男が現われたからだ。
俺は男を見て記憶を取り戻した。


そして、平穏と団欒が唐突に終りを告げ、いつの間にか始まった交戦。
ヘルマンと名乗る男から繰り出された拳を小太郎は避けられなかった。
男の目的は瓶の回収らしいが、小太郎は隠し持っているそれを渡す気はさらさらなかった。
そして、今度こそ油断はしないと思いながら小太郎は跳ね起きるとヘルマンに向かって爪を繰り出す。
だが、ヘルマンはそれを危なげなくいなし、逆の手でジャブを打ち小太郎が防御のため戻した腕の隙間を縫うようにして回転の速いジャブを猛烈な速度で数発の拳を叩きこみ、仰け反ってがら空きになった小太郎の腹に痛烈な足刀を叩きこんで吹き飛ばした。

「ぐ・・ほっ・・!?」

「私は才能のある人間は好きでね。
幼さの割に君は非常に筋がいい。」

「何?」

「おとなしく瓶を渡してくれれば君を傷つけずに済むのだがね。」
どこか馬鹿にしたように呟くヘルマンに対し、小太郎の戦士として自負する己の闘争心に火がついた。

「へっ、傷つけるやて?
やれるもんなら・・、やってみい!!」
気合の声が響いた瞬間、飛び出した小太郎の姿がぶれだし、彼は数人に分かれて攻撃し、驚きとはじめて見る分身に戸惑ったヘルマンの隙を縫うようにして懐に潜り、その体が一瞬浮くほどの強烈なアッパーを見舞い、止めを刺すべく術を行使をしようとした。

「狗神がでえへん!?」
だが、決めるべく翳した手には何も顕れることはなく、その瞬間に出来た致命的な隙はヘルマンが体勢を立て直すのに十分な時間を与え、今度は形勢を逆転させたようにヘルマンは小太郎の手を掴んで吊り上げた。

「今の攻撃は見事だった。
しかし、残念ながら術が使えないままであることは忘れたままだったようだね。」
そう言ってヘルマンは口を開いて口から何かを放出しようと力を溜めだした。

「この程度で・・。
術が使えん程度で諦めたらネギの野郎に笑われてまうわ!!!」
咆哮した。
己がライバルと認めたものへと恥じぬように小太郎は掌に気の塊を生み出し、ヘルマンの顔面に叩きつけると、エネルギー同士はぶつかり合って二人は互いに弾き飛ばされた。

「ぐぅ・・。」
「がっ・・。」
だが、小太郎の意地の一撃も肉体の耐久性の差ゆえに、ヘルマンに軍配があがり、少しよろよろとした足取りで小太郎に止めをさすべく近づいていく。
しかし、倒れている小太郎を庇うようにして那波が立ちはだかりヘルマンの頬を強かに打ちつけ、立ちはだかった。

「どんな事情か知りませんが子供に対してすることではありませんわ。」

「ちづ姉ちゃん・・、アカン・・。
早く・・・逃げ・・。」
小太郎の言葉は弱弱しくも千鶴の耳に届くが、彼女は逃げる気がなかった。
ここで逃げてしまえば小太郎が殺されるかもしれない。
それは彼女にとって絶対に許されないことであり、もとより彼女には逃げるという選択肢はなかった。
それは果たして愚行なのか、尊きものなのかはこの先の運命などわからぬものにとってどうでも良いことだった。

「これは、驚いた。
気丈お嬢さんだ・・、このように反応できる人間は非常に珍しい。
小太郎君といい、君といい大変気に入った。
君にも一緒に来ていただくとしようかな。」
ヘルマンは手を翳して魔法のようなもので千鶴を眠らせると両腕で抱きかかえた。

「ぐぅ・・、まて・・。」
小太郎は未だ回復していない身体を無理やり起こし震える体でヘルマンをにらみ付けた。

「ふむ・・、この女性を取り戻したいのならば学園中央の巨木の下にあるステージに来るといい。
君だけならば歓迎しよう。」
それは暗に誰にも知らせずに来いと言っているのだろうが、もともとこの地には頼りになる知り合いは一人しかいないうえに、その居場所もわからない以上一人で行く以外に手はなかった。
そして、ヘルマンは話が終わると足元から出現した水のようなものに包まれ転移した。


「ち、ちづ姉・・。」
小太郎は呆然と声を出して震えている夏美の声が痛かった。
それに、もっと自分が強ければさらわれることはなかったはずなのに・・と小太郎は自分の不甲斐なさをその身に刻みこむようにぐっと歯を食いしばりながらゆっくりと動き出した。

「こ、小太郎君!?」
夏美はふと視界の端に動く影を見つけて我に返った。

「夏美姉ちゃんはここで待っててくれや。
千鶴姉ちゃんは俺が絶対に助け出したるから・・。」

「その傷で無茶だよ小太郎君!!」

「それでもや。
千鶴姉ちゃんが巻き込まれたんは俺のせいや。
俺が姉ちゃん達の世話になってなければこんなことになってなかったんやからな。」

「小太郎君・・。」

「だから、待っててや。
絶対に千鶴姉ちゃんを取り戻して帰ってくるから。」
小太郎は止めようとする夏美を安心させるように声をかけると回復し始めた身体に鞭を打ち、一人目的地へと走り出した。




あとがき
随分待たせた割にはあまりいい出来ではありません。
ごめんなさい。
最近忙しくてやってられんわ。
この話かなり前に8割くらい書いていたのにどうしてもうまく纏められなくて大分時間がかかった。
ドンマイです。
よかったら感想ください。
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