ナコト写本の契約者

第42話


「はぁっ、はぁっ・・。」
暗い森の中で高音・D・グッドマンは何かに追い立てられ、一人必死に走っていた。
彼女の脳裏に過ぎるのは先ほど出会った一匹の鬼。
学園祭が近くなり、高まり始めた世界樹の魔力に引き寄せられるように何処からか迷い込み、単身で撃退しようと試みたが彼女の力は全く及ばなかった。

驕るつもりはないが高音は自分が影使いとしてそれなりの実力を持っていると自負していた。
そして、その力によって今まで幾多の敵を排除してきたのだ。

だが、信じていた力は鬼の鋭き爪の前にまるで紙を引き裂くかのように容易く破られ、影による防御も意味を成さなかった。
今彼女が五体満足なのは偏に彼女の運の良さ故にである。

しかし、このままでは追いつかれるのも時間の問題であり、かといって援軍もすぐには期待できない。
空間転移、もしくは並ではない高速飛行でも使えなければ今すぐこの場に現われるなんて不可能だからだ。
それに加えて、仮にこの場に援軍が来たとしてもあの鬼には勝てないかもしれない。
おそらく、あの鬼に勝てるのは高畑・T・タカミチ、もしくはその実力を超えるといわれている学園長しかいない。
しかも、その二人のうちの一人である高畑は出張で学園を出ている。

高音は絶望的な気持ちになりながらじりじりと追いついてくる鬼にもはやどうすることも出来ず、真の意味で始めて正義と力の意味に疑問を感じていた。
今まで何の疑問を持たず邁進し、努力の果てに手に入れた力を振るっていた。
だが、現実はどうだ?
圧倒的な実力の差に成す術もなく己の力は蹂躙され、挙句の果てに無様に逃げ出している。

己の信じる正義はこの程度のものだったのか?
それとも、正義という言葉そのものがまやかしに過ぎないというのか?
高音はまるで走馬灯を見るかのように己の人生を顧みていた。

あと、数分もしないうちに鬼に追いつかれて無残に引き裂かれてしまうだろう・・と、高音が諦めかけたとき、一陣の風が高音の元をすり抜けその身体を抱きかかえて森の上に浮かびあがった。

「え?
え、え?」
鬼が突然消えた獲物を見つけ出すためにきょろきょろと辺りを見回しているのが見えるのはなぜだろう・・と、高音は混乱した頭で考えていた。

「しっかり掴まっていてください。」
そう言われて高音は未だ状況がつかめず混乱した頭のまま言われるままに小さな身体にしがみつき、彼はそれを確認すると逆の手を地上に翳す。

「ABRAHADABRA『死に雷の洗礼を』。」
たったの一言の言葉で迸った電撃は高音から見ればあり得ぬほどの威力だった。
地上を見れば電撃が落ちた場所には丸くぽっかりと穴が開き、そこには何も残っていなかったのだから・・。

「なんて威力・・。」
呆然と呟く高音。

「怪我はありませんか?」
ネギはゆっくり地上に降り立ち高音を地面に降ろした。

「ええ・・、ありがとうございます。」
高音は改めて助けてもらった人物を見ると、醸し出す雰囲気は大人のものではあるがまだ小さな少年だということに気付いた。

「あなたはたしか・・、ネギ先生?」

「はい。
あなたは高音・D・グッドマンさんで間違いありませんね。
学園長の依頼により参りました。」

「そうでしたか。
ありがとうございます。」

「いえ、仕事ですから。
それに、お礼なら学園長にお願いします。
これからは無理をなさらないように気をつけてください。」
ここで言わなくてもいい事実を口にするのが彼らしい。

「どういうことですか。」
高音はネギの冷静な物言いにむっとした声を出す。

「言葉どおりですよ。
これからは無理せず一人で行動しない様にしたほうがいいと思っただけです。」

「それは私が弱いからだといいたいのですか?」

「ご想像にお任せします。
ですが、覚えて置いてください。
力のない者の言葉などただの戯言に過ぎませんよ。
それがいくら正しくとも圧倒的な力の前には何の意味を成さないのですから・・。」

「なんですって!?」

「なら、もし僕があなたを助けるのを少しでも遅れていたらどうなっていたと思いますか?」

「く・・、そ、それは・・。」
高音は言葉を詰まらずを得なかった。
もしもこの場に助けが来なかったら彼女は死んでいたのかもしれないのだから。

「そういうことです。
力がない者は己の目的も果たすことが出来ないのが世の中というものです。
誰かを納得させたいのならそれ相応の実力をつけた方がいいと思います。」

「それは間違っています!!
ならばあなたは力が足りないからといって困っている人を見捨てるんですか!?」

「そうは言っていません。
僕は無謀と勇気を履き違えないで欲しいと言っているのです。」
言葉こそ丁寧な口調だがネギの言葉にはまるで容赦がなかった。

「あなたは自分ならば間違えないとおっしゃりたいのですね?」
高音はぴくぴくと頬を引き攣らせながら怒鳴りつけたいのを我慢していた。

「奢るつもりはありませんが、僕はあなたよりも遥かに強いという自負があります。
そして、そのための代償も払っています。」

「くっ・・。
私だって努力してきました!!
ですが!!
誰もがあなたのように才能があるわけではないのです!!」
それは高音が以前から思っていたこと。
例え努力しても天才には敵わない。
努力しても限界は必ず訪れてしてまうんだという諦めの境地であったが、彼女は次にはその考えが甘いことを知る。

「努力?才能?
僕のこの力が才能だけとでも思っているのですか?
先ほど代償を支払ったといいましたね。
口でわからないようなので見せてあげましょう。
これを見ても同じ言葉を吐けるのならば少しは認めてあげますよ。」
ネギはそう言って表情にどこか自嘲的な笑み貼り付けると上着を脱いで上半身をさらした。

「なっ・・。」
絶句するのも当然のことだ。
曝されたネギの身体に刻まれた傷は至る所にあり、傷が目立たないのは重点的に治したのであろう顔と手ぐらいのものである。
中には下手したら死んでいてもおかしくないほどの傷もあり、それはどれも歪な傷ばかりだった。
くわえていえば、たとえ彼が異常な回復能力を持っていたとしてもあくまでも細胞を加速させているのであって、大きな傷が痕として残ってしまうのは当然であった。

「どうですか?
これが代償です。
見てわかると思いますが死に掛けたことなんて数え切れません。
それでも僕は少しでも早く力を得るために全身が張り裂けそうになるほどの痛みに耐え、己のうちから今にも溢れそうになる魔力を制御するために様々な手段を試しました。」

「あ、あなたはなぜそれほどまでに・・。」
高音はこれまで培ってきた価値観や自尊心が崩れてゆくのを自覚し始めていた。
そして、なぜそれほどまでに力を求め続けたのか彼女には到底理解できるものではなかった。

「本当ならば誰にも見せるつもりはありませんでした。
あなたにわからせるのはこれが一番早い方法なので・・。」

「なぜですか?」

「なにがですか?」

「なぜあなたはそれほどまでに力を求めたのですか!!」
高音にはわからなかった。
英雄とまで謳われた魔法使いの後継者がどうしてここまで歪んだのか。
どうしてここまでしなければならなかったのか。
彼女にとってネギ・スプリングフィールドは窺知の存在になりつつあった。

「さあ、なぜでしょうね?」
ネギは高音の激昂も意に返さず上着を羽織ると話は終わったといわんばかりに彼女から背を向けた。

「ふざけないでください!!」
彼女が怒るのは尤ものことだがネギにはその問いに答えるつもりはなかった。

「高音さん、理想や、正義を語ることが悪いこととはいいません。
ですが、それに実力が伴わなければただの戯言にしか聞こえないんですよ。」
昔の僕のようにね・・と、心の中で付けたしネギは歩き去った。

「私は・・、私は・・・。」
そして、残されたそこには自らの信念に疑念を持ち、拳を強く握り締めた少女が静かに立ち尽くしていた。




「珍しいですね。
マスターの口からあのような言葉がでるとは思いませんでした。」
ネギ以外の誰もいない場所でエセルドレーダは姿を現し、無表情の中に僅かに楽しげな感情を含ませながら言う。

「ただの八つ当たりだよ。
ああいう理想論ばかり振りかざすのを見ていると昔の自分を見ているようで気分が悪くなる。」

「しかし、彼女には気の毒ですがいい薬でしょう。
あの程度の実力で現実を見据えずに生き残れたのは偏に彼女の運の良さでしょう。」

「だろうね。
あの様子じゃ、自身の身体に傷を負ったことも大してなさそうだし。」
ネギはおそらく自分の推測に間違いはないだろうと思い、つまらなそうに肩を竦めた。

「しかし、これでなにも変わらなかったら救いようがありませんね。」

「もしもそうなら彼女はいずれ死ぬ。
傲慢な言い方だけど僕は変わるきっかけを与えただけであって、何を選択するかは彼女の自由だよ。」
ネギはこの八つ当たりじみた行動に今更ながらに大人気ないことをしたと思ったが、まあいいかと思考を切り替えるのだった。



あとがき
リクエストに多かった高音さん。
正義や理想の前に立ち塞がった現実に彼女は苦悩する。

うーん、黒い。
でも言葉責めはいいね(笑

学園祭編に入る前にこういった小話(?)を書いていきます。
こっからはオリジナル展開多し(今更だけど)
何故かというと、実は42話から学園祭編に入るつもりだったのだけれど、そうするとこういう話を書けなくなってしまうことに気付いて急遽こういった形に。
ちなみにもう学園祭編はとびで数話書いてあるのでキリのいいところでスパッと載せます。
そのときにはお待ちかねの○○&○○コンビが再登場します。
ネタバレなんで予想してみてくださいwww

冒頭部を少し改定。
鬼が迷い込んだのは世界樹の魔力のせいです。
22年に一度だしね・・。

それと、アンケートはもう少しで締め切らせてもらいます。
アンケート結果及び、返信は別枠で一気に掲載します。

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