ナコト写本の契約者

第45話


ある日のこと、長谷川千雨は学校帰りに不思議な人だかりを見つけて足を止めた。
否、人だかりというのには語弊がある。
それというのも、皆足を止めて同じ方向に視線を向けているというのに誰もそちらに近づこうとしない。
そんな不思議な光景に興味を持った長谷川はゆっくりと視線の先に歩みを進めた。
これが彼女の運命を一変させてしまうことも知らずに…。


「なんだあいつ?」
近づいて皆の視線の先を辿ると、そこには変な少女がいた。

変というのも失礼だが、視線の先の少女のどこか人間離れした容姿は明らかに周りから浮いている。
それというのも、中途半端なチャイナ服のような衣装に、お団子頭に金色の長髪。
極めつけは眼の色が左右とも違うオッドアイであった。
たとえ真帆良といえど、これで浮かないのならばそれこそ魔法の領域だ。
だが、さすがの真帆良住人でもそこまで非常識ではないらしい。

「るる〜」
しかも少女は頭がご機嫌なのかふらふらと歩いていた。

「ま、わたしにゃ関係ないな」
ネギが担任になり、厄介ごとに巻き込まれるようになった彼女の野生の感、もとい厄介ごと察知センサーはこれ以上留まるのは危険だと告げているのもあって、彼女は踵を返して歩き去ろうとした瞬間、少女と示し合わせたようにばっちり目が合ってしまった。

「る?
…ら、ら♪」
そして、少女は探し者を見つけたかのようにぱっと表情を輝かせると長谷川の方へとふらふらと歩み寄った。

「な、なんだ…?
こっちにくるぞ…」

「ら・ら。
ふんぐるい・ふんぐるい」
少女は長谷川の服をくいくいとひっぱり小首を傾げている。

「は?」
首を傾げたいのはこっちだと言いたいのを我慢して聞き返す。

「け…やく……いあ…いあ」

「はあ…」
人として当然だが、一度としてまともな言語を喋らない少女にめんどくさくなってきた長谷川は適当に相槌を打った。

だが、それが間違いの始まりであることに気付けなかったことを彼女は死ぬまで後悔することになる。

「ら、ら。
ふんぐるい、むぐるうなふ
くするふ、るるいえ…」
何を言っているのか、まるでわからないがただ唯一いえるのは猛烈にいやな予感がするということであり、先ほどから厄介ごと察知センサーはなりっぱなしである。
例えるならば自分の趣味であるコスプレが学校中に知れ渡るくらいのいやな予感だ。
ここで突っ込むと色々台無しだが、微妙に大したことのない予感である。

そのことに気付いた長谷川はすぐにでも逃げだそうと足に力を入れたが、次の瞬間少女と長谷川を中心に不思議な光が広がり、バラバラと文字が書かれた紙片が舞い、光と紙片が収束したそこには既に少女の姿はなく長谷川の手の中には古めかしい不気味な本が乗っかっていた。

手に持った本を不思議そうに眺めている長谷川にはわからないがそれはルルイエ異本の原本。
クゥトゥルフ崇拝について記載された希少な一冊でもある。
その装丁は“人の皮が使われている”という曰くつきの一品でもあり、もし彼女がそのことを知っていたら即座に投げ捨てていたことは間違いなかった。

「おいおい…、これってもしかして…。
というか、このパターンはどっかで見たことある気がすんだよな…。
お願いだから気のせいであってくれよな…」
彼女は誰にいうでもなく呟くが己の理性と感はその予感が当たっていることを確信しているのだった。

「仕方ない、センセイにでも相談すっか・・。」
最近何かと不思議なことが起こる長谷川はその不思議の筆頭である自分の担任に判断は任せようと心に決めるのであった。





「いるかい、センセイ?」
長谷川は本を片手にこんこんと教員用の宿舎の一室をノックした。

「はい。
どうぞ」
ネギは慣れたもので相手が長谷川であることから自然な声色で招き入れた。

「お邪魔すっぞ…。
…って、なんかすげえ汗かいてっけど大丈夫かよ」
部屋に入るとネギはぐっしょりとシャツに汗を染み込ませて立っていた。

「ああ、これですか?
大丈夫ですよ。
ちょっとトレーニングしていただけですので…」

「トレーニング……か。
ここはあんたはどこのグラップラーだって突っ込んだ方がいいのかね?」
長谷川はネギに聞こえないほどの小声でポツリと呟く。

「…はい?」

「なんでもねえよ。
ところでよ…、変な本というか、変な女が本に変わっちまったんだけどコイツに見覚えあるか?」
ネギの非常識さを何度も垣間見ている長谷川はこの程度のことは気にしなくなっている。
慣れとは実に素晴らしいものだ。

「本が…!?
ちょっと見せてください!
まさかこれは……!?」
ネギは驚愕に目を見開き長谷川の手から本をひったくった。

「おい、何をそんなに慌ててんだよ。
それとも、こいつはそんなにヤバイ代物なのか?」
おいおい、勘弁しろよ…とでも言いたげだが、我慢しているところを見ると彼女は彼女なりに自分の運のなさにも慣れつつあるらしい。

「ご推察どおりです。
これは僕のもつナコト写本と同じく長き時を経たことで魔導書そのものに魂を宿している、ルルイエ異本の原本に間違いありません。
しかし、魔導書の精霊が現われるほどのものをどうやって……」

「あん?
魔導書の精霊っていったか?
そいつ普通に歩いてたぞ」

「はっ…?」
ネギにしては珍しく、思わぬ返答に驚きで口を大きく開けて固まった。

「なんか普通にふらふら外歩き回っていたぞ。
それにしてもあんたが驚くなんてめずらしいな。
それほど意外だって事か」
むしろそっちの方が驚きだな…と彼女は肩を竦める。
実に失礼極まりない。

「……ルルイエ異本って伝説級の代物だよね?
ナコト写本にも匹敵するほどじゃなかったっけ…?」
あまりの不条理さに困惑を隠しきれないネギはいつの間にか現れていたエセルドレーダに問うた。

「私のほうが長い歴史を積んではいますが、希少という点から見ればかなりのものです。
ましてやコレは精霊が宿るほどのものでもあります」

「うわっ…!
あんたどっから出てきたんだ!?」
まるで湧いて出てきたような言い方である。

「長谷川千雨。
精霊を呼び出してみてください」
エセルドレーダはまるで何もなかったかのように長谷川に感情を伴わせぬ声で話しかける。

「呼べといわれてもなんのことだがよくわかんねーんだけど…」

「あなたとルルイエ異本の間には既に契約はなされていますので呼びかければいいだけです」

「ちょっとまてよ。
いまなんかさらっとすげーこと言わなかったか?」

「なんのことです?」

「なんのことって…、契約云々のことだよ!」

「ああ、気付いていなかったのですか。
あなたとルルイエ異本は既に契約による“繋がり”が出来ています。
まぁ、犬にかまれたと思って我慢するのですね」
エセルドレーダはまるでこれ以上の問答は無用だというように長谷川を突き放した。

「犬にでもって…、我慢できるかよ…。
くそっ…、なんであたしばっかり…」
がっくりと肩を落として呟かれた言葉はこれ以上ないほど的確に彼女の内情を示していたが、こればかりは本当に運が悪いとしかいえない。

「まあまあ、元気出してください。
なにかあったら助けてあげますからね」
さすがに不憫に思ったネギは長谷川の肩をぽんぽんと叩いて励ます。

「本当だな!
約束だぞ!
約束したからな!!」
今にも噛み付かんばかりの形相でネギの肩を掴んで揺らす長谷川。

「はいはい」
まるで子供をあやすかのように適当に相槌を打つネギはやはり苦労人である。

「いよっし!
…んで、コレどうすんだ?」
長谷川はネギの返事に満足そうに頷き、小さくガッツポーズをした。

「長谷川さんと本の間には既に契約がなされているので本に向かって…、どこかに流れるような感覚があるはずなのでそこに向かって念じてください。
それで意思が伝わるはずです」

「流れるような感覚…?
うーん…あ、これか?」

「感覚的なものなので正確には教えることはできませんが、おそらくそれで間違いないでしょう。
そうしたら、その感覚に向かって呼びかけてください」

「んーっと、ほら来い…」
まるで犬でも呼ぶかのような言い方だが、それで通じたのかルルイエ異本は光を放つとばさばさと紙片を撒き散らしながら収束して人の姿を形作った。

「ら、ら…るる…」

「あ、でた…」

「るる〜」
ルルイエ異本の精霊は迷子の子供が親を見つけたときのように長谷川の腰に抱きつきへばりつく。

「うわっ…!
なんだ!?」

「ら、ら…」

「よかったですねー、もう気に入られてますよー」
目の前の信じがたい光景がネギは信じられないのか口調はどこか棒読みくさく、視線はどこか別の方に向いている。

「うれしくねーっつの!
くそっ…、ところでこいつにゃどうすれば言葉が通じるんだ?」

「ああ、そういえばルルイエ異本の精霊は人間の言葉が通じませんでしたね。
なので、何か意思を伝えたいときは例の感覚を通して伝えるといいですよ。
そうすれば伝わる“はず”です」

「無責任この上ねーのな。
それに、あくまで意思かよ…」

「あと、読めないと思いますが本の内容は理解しようとしないでください。
下手すると発狂しますので…」

「またてめーはさらっとヘビーなことをいいやがって…。
だがまぁ、頼まれたってこんなもん読みたかねーよ」
憮然とした表情でそっぽを向く様はまるで迫力がなかった。

「ははは…、でも、それにしてもやっぱり才能ありますね。
コレだけの言葉で簡単に呼び出すことが出来るんですから…」
乾いた笑みを漏らし、下手すればマギウスの適正値相当高いんじゃ…ともネギは思うがさすがに口には出さない。

「うれしくねーよ。
あたしは本当ならこんなことに関わるのはごめんなんだ。
あーあ、どうせならもっと別の才能が欲しかったよ…」

「…でしょうね」
ネギは魔法に関わることでどのような結果をもたらすかを身をもって知っていたため、無責任なことはいえなかった。
そして、成り行きとはいえ、才能があるがゆえに人の手では扱いきれぬ上級の魔導書との契約を交わしてしまった彼女はこれから先、望む望まぬなど関係なしに裏の世界に巻き込まれていくことは容易に想像できた。
それに、いつまで護れるかもわからない以上必要最低限の力をつけてもらおうとも思う。
だが、いまはまだ黙っているべきだと思いネギはそのことは胸に仕舞い込んだ。

「ん?
お、そうだ・・、こいつはいけるな。
容姿はいいし、これなら“ちう”の友達として紹介でもするか・・。」
長谷川はそんなネギの心配をよそに未だ腰にへばりついている少女を見てにやりと邪な笑顔を浮かべて呟きうんうんと頷く。
実に逞しい精神である。

「なんか、心配するだけ無駄な気が…」
ネギはそんな長谷川を見てそう思わずにいられないのは無理もなかった。

そして、余談ではあるがルルイエ異本のことで微妙に嫌な記憶があるエセルドレーダは現われたときと同様にいつの間にか消えていましたとさ…。



あとがき
やっぱり文がテキトーだ…。
Oathに比べればマシだろうが…(マテ

長谷川さんが主役です。
今回は微妙に難産でした(泣
プロットは出来ていたんだけどね。
まぁ、わかっていると思うが、これはほとんど遊び心が生んだ産物である(笑

長谷川さんが逞しくなってます。
次も長谷川さんが主役です(予定)

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