ナコト写本の契約者

第46話


「そういえば、おまえなんて呼べばいいんだ?」
ネギの部屋を後にした長谷川は自室に帰る途中でふと思いついたことを口にするが、話しかけられても意味のわからないルルイエ異本の精霊は可愛らしく首を傾げた。

「あー、そういや言葉通じねえんだったな…。
めんどくせーな。
仕方ねえからこっちで勝手に名前つけさせてもらうぞ」
いかにもめんどくさいといった様子で頭をかきながら言う。

「るる〜」
そんなことを言っても当然通じるわけはないのだがどこか嬉しげに声を漏らす。

「ん〜、ルルイエ異本……ルルイエ…ルル…よし決めた。
おまえのことはこれから“ルル”って呼ぶからな」
さすがにルルイエのまんまじゃ変だし…と考えながら思念を送るが、ルルだって十分安直である。

「るる?」

「そうだ。
おまえは今から“ルル”だからな。
呼んだら返事しろよ」
言葉が通じなくてもついつい話しかけてしまうのは人として当然かも知れない。
基本的に無駄ではあるが…。

「ら、ら…」
ルルは返事のような声を漏らし長谷川は満足げに頷き再び歩き出すが、ルルは彼女についていかずとことこと不良っぽい学生の下にとことこと歩いていく。

「おい…って…、どこ行きやがった!?」
長谷川はきょろきょろと辺りを見回す。

「ら…?」

「あ、なんだこの嬢ちゃん?」
不良っぽい学生はじっと見つめてくる少女に怪訝な声を漏らす。

「?」
首を傾げたいのは逆なのだが男の顔をじっと見て何気ない動作で手を翳すと掌が一瞬光り、男を数メートル先まで吹き飛ばして気絶させた。

「ん〜、ん?」
傍から見ても何がしたいのか全くわからない。
事実、彼女の行動に何の意味もないのは間違いない。

「あ、あのバカ…。
や、やっちまいやがった…」
駆けつけた長谷川はほんの少し遅く、不良の仲間らしき連中が仲間をやられたことにキレて目をぎらつかせていた。

「ら〜」
当の本人は相変わらずのご機嫌な頭で頭上を飛んでいる虫を視線で追いかけている。

「げっ…、くそっ…逃げるぞこのバカ!!」
長谷川はここにいては危険だと思ったのかルルの腕を掴むとわき目も振らずに走り出した。

「このやろう!!
よくもやりやがったな!!
逃がさねえぞ!!!」

「る〜〜」
いきなり腕を掴まれたルルはきょとんとした表情を浮かべるが、マスターの行動にあわせるように引っ張られながら走り出した。

「ああくそ!
てめえは誰構わず好奇心持ちやがって少しは落ち着いて行動しやがれってんだ!!」

「待てこら!!」

「ら・ら・くらら・る〜」

「てめえはてめえでちったあご機嫌な頭をどうにかしろーーーーー!!」

「止まりやがれ!!」

「ぎゃーーーー!!
てめえも精霊とかいうもんならこの状況をなんとかしやがれーーー!!!」

「ら・らら…」

「言葉通じてねーーー!!
つーか、使えねーな、おい!」

「ら・るる……ら!
ふんぐるい……たぐん…」
だが、彼女は長谷川のイメージを読み取ったのかぼそぼそと何事か呟き始める

「おいおい、なんかすっげーいやな予感すんのは気のせいか…」

「…る!!!」
そして、両掌が淡い光りを放ちだした瞬間解放された魔力はまるで奔流のように不良たちを呑み込み、光が去ったそこにはところどころ焦げさせぶすぶすと煙を出している彼らが気絶していた。

「またやっちまいやがった…」
幸いなことに今が学園祭前ということもあって大して不思議に思われていない。
普段ならばなんで突っ込まれないんだ…と思うが、当事者になった今だけはこの学園の能天気さに感謝した。

「んん〜?」

「よし、今のうちに逃げるぞ!!」
長谷川は再び彼女の腕を掴むと急いでその場から逃げ出すのだったが、これがこれからルルが起こす騒動の始まりに過ぎないことを今の彼女に知る由もなかった。
合掌。






そして、長谷川が必死に逃げ回っている頃…。

「ところで、兄貴…。
まほネットでおもしろいもんが売ってたから買ってみたんだけどよ。
多分兄貴の役に立つはずだぜ」
カモは突然何かを思い出したように口を開いた。

「カモくん…、また人のお金を勝手に使ったんですか…」
ネギは相変わらずなカモの言葉にやれやれと肩を竦める。

「うっ…。
わ、わりい兄貴」

「まあ、カモくんの買うものは比較的役に立つ物が多いのでそんなに目くじら立てるつもりはないけど、浪費することは避けてくださいね。
それで、今回は何を買ったんですか?」
今まで何度か同じようなことがあったが、いずれも何かしら役に立つことがあったためそう目くじらを立てることもないとネギは注意だけに済ませた。

「ふっふっふ…、今回はこれだ!
赤い飴玉、青い飴玉、年齢詐称薬〜!」

「うわ…、これはまたあからさまに犯罪スレスレで露骨なものを…。
だけど…、これは使えるね」

「だろ?
商品名はアレだが、もし兄貴が内緒で動きたいときは上手く素性を誤魔化せるって寸法だぜ」

「たしかに僕の場合見た目で呼び咎められることがあるからこの薬は渡りに船というべきかな…?」

「だろ?
んじゃ、早速試してみたらどうだ?
赤で大人で、青で子供になれる」

「じゃあ、試してみます」
ネギはそう言って赤い飴玉を取り出し口に含むと、ボンと小さく煙を上げたそこには見慣れた少年ではなく、背の高い青年が立っていた。

「さすが兄貴、その姿ならたいていの女はイチコロだな」
服はサイズが合わなくなり今にも破れそうで格好がついていないが、その容姿は他者とは一線を画していた。

「そうかな……ん?
そうだ、これでエヴァンジェリンさんに会ったらどうなるんだろ…。
ちょっと会いに行ってみようかな」
ふと思い付きを口にしたネギは彼の数少ない歳相応な部分であるいたずら心が芽生え始めていた。

「あのエヴァンジェリンをからかおうと思うのは世界広しといっても兄貴位だな」
乾いた笑いを漏らしてしみじみと呟くカモにはどこか哀愁が漂っている。

「だってさ、エヴァンジェリンさんっていちいち反応が可愛いからつい…ね」

微妙に弾んだ声を出すネギは早速服でも買いに行こうかな…と出かける準備に取り掛かり始める姿を尻目にカモは見て見ぬ振りをする方針にしようと心に誓う。

「ついかよ…。
好きな娘ほど苛めたいっていう心理に似てんのかもな
なんていうか、エヴァンジェリンのやつもある意味かわいそうだな…」
そして、カモ自身いつも振り回される立場にあるためエヴァンジェリンに対して同情を禁じえなかった。




あとがき
手抜きでごめん。
47話への繋ぎみたいなもんです
今回は二つの視点を同時展開。
次は幕間を更新予定。

SS戻る

SS次へ