ナコト写本の契約者

第49話


無様な敗北から一夜明け、ようやく目を覚ましたネギは心配そうに見下ろす明日菜たちの顔を見て、己が護るべきはずの少女たちによって助けられたことを悟った。

そして、同時に己の力が全く通用しない絶望と、巻き込みことを由としなかった明日菜たちに助けられたことに耐えようのない悔しさと後悔に押し潰されそうになっていた。

「大丈夫ネギ?」

「大丈夫です。
助けていただきありがとうございました」
そう言った瞬間、ネギの瞳から一粒の涙が零れる。
それは彼の中のどんな感情からもたらされたのかはわからないが、唯一言えることはその涙が一つの感情によるものではないということだけであった。

「そんな、お礼なんて結構です。
私は先生に少しでも恩を返せてよかったです」

「そや、気にすることないで〜」
刹那とこのかは口々にそう言うが、ネギの心が晴れるわけもなく、彼女たちの行動が純粋な善意によるものだからこそ、より一層自身の無力感が広がっていくのを感じた。

皮肉なことに彼らが慰めれば慰めるほどネギの思考はずぶずぶと底なし沼にはまったかのように深みに堕ちていく。
そのことに気づくには彼らの経験は乏しく、若すぎた。

「すみません、申し訳ないのですが一人にさせてもらえますか…」
呟くような声で出された言葉に三人は何も言えずに顔を見合わせ小さく頷くとネギの部屋を後にした。



「僕は今まで一体何をしていたんだ!!」
静まり返った部屋の中でネギの悲痛な声が響き渡る。
嘆きと、絶望と、後悔を混ぜ合わせた嗚咽は彼の心情を的確に表していた。

彼はただでさえ短い人生である己の半生を費やし、文字通り血肉を削り、鍛え上げてきた力が通用しなかった事実に絶望しか抱けない。

「くそ…」

「随分と荒れていますね」

「エセルドレーダ…」
先ほどまで明日菜たちがいるために出てこなかったのか、俯いているネギの元に空間を歪ませ降り立った。

「また会えて光栄です、マスター」

「そうでもないよ。
明日菜さんたちを巻き込んで、僕はこのざまだ…」
ネギは皮肉気に口元を吊り上げて自嘲した。

「そのようなことを言えるのも生きているからこそです」

「わかっている。
だけど、彼女たちだけは巻き込みたくなかった」

「ならばどうするのですか?
おそらく、彼女たちはあなたを助けることを躊躇しませんよ。
それこそ命を賭してもあなたを守るでしょう」
エセルドレーダの言葉は真実、的を得ていた。
なぜならそれは今回の行動でもわかるからだ。
あの神にも等しき力を持った存在にネギのようなちっぽけな存在を護るために必死に恐怖を押し隠して立ち向かった少女たちにもはや迷いはない。

だからこそ、ネギは一つの決断をする。

「ああ。
でも、僕はそんなことは望まない。
僕は彼らに生きていて欲しい。
だから僕は彼らとの………るよ」
その提案は彼にとっても大きな意味を持つのか、紡ぎ出された言葉はまるで力がなかった。

「いいのですか?」

「いいも何も僕はもうすぐ死ぬ。
次にやつらと会えば僕は間違いなく殺されるだろう」
呟きには事実を語るような響きすらあった。
彼にとって、死は遠いものではない。
常に殺されるかもしれないという恐怖に抗い、命を落としかねない修行や、戦いに身を置いてきたからだ。
そんな彼が今更死の恐怖に怯えることはもはや有り得なかった。

「はい」

「それに、元々そう長くは生きられない。
死ぬのが早いか遅いか程度の違いしかないよ」
ネギは軽口を叩いて肩を竦める。


ところで、ヘイフリック限界というものをご存知だろうか?
細胞分裂回数が決まっているという説のことだ。

これは言ってみれば、人間の寿命を表すものさしでもあり、
結論から言えば、彼の寿命はもう長くはない。
彼の寿命は残されて10年、これからの行動次第で短くなることはあっても、長くなることはもはや有り得ない。

そう、彼の酷使された細胞はテロメアを異常な速度ですり減らし、もはや成人男性でもありえぬほどの細胞分裂を繰り返していたのだ。
それは幼少のころの度重なる血肉を削る修練と、魔導書の使用や、肉体の再生によって齎された狂気の業ゆえにだった。

ゆえに、彼は命に執着を持たない。

「ならばどうなさるのですか?」
そんな彼の心情を知ってか知らずか、エセルドレーダは聞き返した。

「僕は彼女に手を貸す。
そして、僕は最後の瞬間まで足掻いてみせる。
だから、協力してくれエセルドレーダ」

「今更問う必要はありませんよ。
私の運命はあなたと共に…」

「ありがとう」
そっと儚い笑みを浮かべるネギにエセルドレーダは何も言うことが出来なかった。




あとがき
更新予定のデータがなくなったというか、復活するかどうかもわからないので完全に書き直しました。
うろ覚えですが、それなりにうまく書けたかと…。
とりあえず、記憶にはそれなりにあるので何とか連載は続けられますのでご安心ください。
あ〜、ぶっちゃけ最終回を書き直すのがめッちゃめんどい。
重要なところの書き直しもかなりめんどい。
でも文句言っても始まらないんでなんとかかんとかやっていこうと思います。

“それなり”とか“めんどい”とかばっかだな(おい
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